よみもの

ありがとう、おだか商店

早島のあの人

おだか商店は早島町の無津にあったまちの駄菓子屋さん。
駄菓子屋さんとして35年、それ以前を含めると約70年にわたって早島で親しまれてきたお店です。2020年6月に惜しまれつつもその歴史に幕を閉じられましたが、店主の尾髙節子さんにお店や早島のことについてお話をお聞きしました。

早島の子はええ子よ。
それが言いたいんよ。

お店閉めるときに、店の前に閉店のお知らせ貼ったんやけど、三年生か四年生くらいの男の子が、一緒に帰ってた子を集めて、一生懸命におばちゃんが描いてくれとるやろ、いうて朗読みたいに聞かせてくれてた。アナウンサーかいうくらいにいい声で。なんぼか外行ってみようかおもたけど、ちょっと照れるから隠れとった。顔見たかったわ。やっとってよかったなって思うた。最後にええこと聞けたわ。楽しいこと多かったね。
遠足の時なんかはみんなよくぶわーって来てくれて、ワイワイいうてた。あんまり多いし、いっぺんに計算できひんから、レジのよこで「何円やったか覚えといてな」ゆーてたら、その子が「僕、何円やった?」って笑。「覚えといてや」っておばちゃん言いながら、メモしたりしとったんよ。ほんま楽しかった。

駄菓子屋は子どもが
「お金の使い方を学ぶ場所」

今の子らはあんまりお金使う方法を学びにくいのが気の毒やなって思うてる。お年玉貰ってもお母さんに回収されると、余計わからんわなぁ。みんな初めてのお使いみたいな感じで来てくれとったよ。遠足の時は300円までとかいうてな。自分で自由に買いたいんよな。そうせんと自主性が育たなくなる。
昔は米屋とか、酒屋とかも、その一角使ってお菓子とかおもちゃとか売っとった。今は早島町観光センターさんがされてるみたいに。エアガンなんかも扱ってたんやけど、買うのに大人連れてこないかんよ、って子どもには言うてたら、今度はおじいちゃん連れてくるんよ。おじいちゃんは訳も分からずに、「孫が来て言うから」言うて。おじいちゃんはあとで怒られるん笑。
こういうとこで、知恵とか社会性を身に付けるんやなって。そやから変な方に知恵をつけんように、こっちもアドバイスせないけんのよ。でもな、そうやってちゃんと育っとったらええんよ。色々な思い出が必要やもんな、子供も大人も。子供のときのことは印象が深いから。
他にも、結婚しました、彼氏ができましたとか、彼女ができましたとか、しょっちゅう連れて来てくれてた。大学行くとかもよく報告してくれる。それはやっぱり駄菓子屋のおばちゃんならではやなって。

思う通りやってみよ

現役でお店してて75歳とか90歳です、というのもテレビでよく見るじゃないですか。確かに商売して、畑も一生懸命して、ころって亡くなるのもええ人生やなって思う反面、私は今、自分ファーストにやろうと思ってるん。そういう人生もあってもいいんじゃないかと。だから、思う通りにやってみよかなと。店閉めるんも3日で決断したんよ。うちの主人も自分の好きにしたらええよって言ってくれて、それもそうじゃなと。後悔はしてないよ。

プロフィール

尾髙 節子さん

1949年生まれ。35年に渡っておだか商店を営んでこられた駄菓子屋のおばちゃん。今は畑をしたり、走って体動かしたりと、毎日を楽しまれています。

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